担癌宿主の免疫機能障害
担癌動物の制癌剤による治療時の免疫機能改善
1)日和見感染症(cychrophosphamidによる免疫不全)、深在性真菌感染症(マウス)、サルモネラ菌感染症(マウス)
2)抗腫瘍活性、種々のマウス移植癌細胞による抗腫瘍効果(B16‐melanoma,Meth‐A,LLC,人‐グリオーマ)
3)化学療法剤、放射線の有害作用の抑制・軽減、免疫抑制に対する作用、骨髄抑制に対する作用
1)免疫調整作用、Tヘルパー細胞、マクロファージNK細胞等の活性化、IFNなどサイトカインの誘導、微生物感染症
2)抗アレルギー作用
3)男性不妊症改善作用、精子形成促進、精子運動の賦活、精子の生存率の延長
1)免疫賦活効果、細胞性免疫、体液性免疫の賦活、マクロファージ・好中球の貪食活性の賦活
2)血液幹細胞の賦活
3)神経幹細胞の賦活
4)精神・神経活動の改善
先にも述べた通り、「十全大補湯」と「人参養栄湯」は、「気血両虚」に用いられ、身体が非常に衰弱している時に処方される。
以前に「十全大補湯」については報告していることから、今回は補中益気湯と人参養栄湯について解説する。
補中益気湯の原典は「内外傷辧惑論」である。
効能効果として示されているのは、消化機能が衰え、四肢倦怠感が著しい虚弱体質者の次の諸症状を有する人に用いられる。
すなわち、夏痩せ、病後の体力増強、結核症、食欲不振、胃下垂、感冒、痔、脱肛、子宮下垂、陰萎、半身不随、多汗症など、その臨床応用は多岐にわたるものであり、およそ新薬の薬効からは考えられ得ない効能効果が示されている。
こうしたことから、上手に使うことにより、かなり有益な現象が得られるものと考えられる。
人では、十全大補湯の服用で胃腸の調子が悪くなることがあり、胃腸の弱い人では補中益気湯の使用が勧められている。
補中益気湯の構成生薬を見てみると、小柴胡湯に含まれる5つの生薬が含有されており、黄耆、当帰、蒼朮など十全大補湯に含まれている免疫応答の賦活作用が報告されている生薬もある。
陳皮は血液循環の改善効果、鎮静作用、抗アレルギー作用などが知られ、升麻は強い抗炎症作用が報告されている。
全体として小柴胡湯の持つ抗炎症、抗アレルギーなどの効果を升麻が強化していると考えられる。
基礎的な研究結果から推測されるこれらの効果は、補中益気湯によって消化管内での様々な影響で起こるアレルギー性炎症を強く抑制することが報告され、臨床的にもその効果が検証されている。
他の処方と著しく異なる点として、精子形成の促進効果が知られている。
ハムスターの精巣上皮管細胞を使った研究から上皮管細胞の増殖賦活が確認され、蛋白質を合成促進し、精巣上皮管細胞を移動する精子の運動を賦活する作用によるのではないかと考えられている。
このような作用から、高齢動物では、食欲がなくなり、体力が落ちている時には効果が示されるものと考えられ、応用する価値の十分ある処方である。
人参養栄湯の使い方は“極度に体力が落ち、手足が動かず、筋肉が痛み、呼吸が浅くなり、動くと喘鳴が続き、小腹は拘急し、腰と背中が酷く痛む。
心が虚して驚きやすくなり、動悸がして口唇と喉が乾き、飲食は味がなく、陰陽が衰弱し、憂い悲しみ、寝ていることが多く、起きている時間が少ない。
このような状態が長く続いたため、痩せて五臓の気がなくなり、奮い起こすのが難しい者を治療する。
また、大腸と肺がともに虚して、咳嗽、下痢して、呼吸が弱くなり、嘔吐、痰を吐く、者を治療する”とされている。
すなわち、かなり体力が落ちている状態に用いるようである。
特徴的なのは、“智”を益する効果を持つといわれている生薬類、遠志、五味子、陳皮が配合されていることである。
人参養栄湯は12種類の生薬から構成されており、その構成内容は十全大補湯とよく似ている。
川キュウを抜いて、陳皮、遠志、五味子など「益智」‐智を益する‐作用を有するとされる生薬が配合されている。
したがって、十全大補湯と人参養栄湯との使用の判別には、健忘を伴う症状がある時には、人参養栄湯の「証」となり、適応処方と考えられる。そうであるならば、加齢に伴って、体力、気力が衰えている状態にある高齢者、高齢動物においても用いてみる価値は十分にある。
人参養栄湯には十全大補湯と同様に免疫賦活作用のあることも知られている。
この点から、制癌剤治療を行って免疫機能の低下している状況にある時などにも対応できるものである。
今回は免疫に対する作用ではなく、健忘に対する作用に注目した。
健忘の改善作用についてラットを使った実験で検証したところ、十全大補湯とは異なり、明らかに健忘を改善する効果が示された。
江頭らはラットにスコポラミンを投与して一時的な健忘状態として、補中益気湯、十全大補湯そしてそして人参養栄湯の3種の補剤について、受動回避課題で健忘症状の回復効果を調べた(和漢医薬学雑誌、1996;13,476-477)。
その結果、人参養栄湯だけにスコポラミン健忘の改善効果が認められ、また、アセチルコリン作動性神経の亢進についてもオキソトレモリン(ムスカリン受容体アゴニスト)の振戦を指標に調べたところ、振戦の亢進が観察されたことを報告している。
アセチルコリンの作用の亢進は、消化管平滑筋に対する作用においても認められている。
人参養栄湯にはアセチルコリンの作用を増強する効果があるものと判断された。
北里大学の山田らは神経細胞を使った研究において、コリンアセチル・トランスフェラーゼ(ChAT)活性に対する十全大補湯と人参養栄湯の作用を観察し、人参養栄湯にChATの活性を亢進させる効果のあることを報告し、さらに神経栄養因子(NGF)の産生を促す作用のあることも見出している。人参養栄湯を構成する生薬の中では人参、甘草、白朮、遠志にNGF産生増強作用が示されたが、なかでも遠志は強い作用を示した(Phytomedicine.2003 Mar;10(2‐3):106‐14)。
このような人参養栄湯の作用から、認知症の改善に効果が期待される。
加齢に伴う中枢神経系の機能の低下が報告されているが、人参養栄湯に中枢神経の機能低下を予防することができるか否かを検証するために東京都老人総合研究所の阿相らは高齢ラットを用いて研究を行った(International Immunopharmacology.3(2003),1027‐1039)。
大脳は神経細胞などが存在する灰白質と神経線維が鞘(神経鞘)で覆われている白質部分で構成されている。
高齢ラットではこの白質部分が脱落、減少している様子が観察されている。これは加齢に伴い神経鞘の生産不全が進むためであると考えられている。そこで、神経鞘の形成に関与している重要な細胞で、加齢とともに形成不全がみられるといわれているオリゴデンドロ細胞への人参養栄湯の作用について検討を加えた。研究はオリゴデンドロ細胞を30週齢のラットの大脳から採取し、得られた細胞について調べた。30週齢のラットに人参養栄湯を3ヵ月間投与すると高齢動物のオリゴデンドロ前駆細胞の増殖を強く促し、成熟オリゴデンドロ細胞が増加した。このことは、人参養栄湯が加齢に伴う脳機能障害を改善する効果を示すと期待される。