牛黄(ごおう)

牛黄(ごおう)

牛黄の原体

牛の胆石(清熱解毒消炎腫補腎精血)

牛黄(ゴオウ)とは

牛黄はウシの胆のう中に生じた結石であり、日本薬局方・中華人民共和国薬典に収載されている。
一方、西欧の薬局方をひもとくと、米国薬局方・ドイツ薬局方・フランス薬局方には収載されておらず、東洋で利用される天然物由来の医薬品と言って良い。

薬能

1. 性味:
味は苦甘、性は涼。
2. 薬能と主治:
心を清める、去痰する、丹を利す、驚を鎮める。
熱病による意識不明、譫言、癲癇発作、小児驚風抽○、牙疳(歯槽膿漏)、喉腫(咽頭腫痛)、口舌生瘡、癰疽、疔毒を治す。
各本草書が記述された時期には、1000年以上の時間の隔たりがあるが、薬能の記述には一貫性がある。

即ち、
①解熱薬として
②精神安定剤として
大きく2通りの用いられ方がとられてきたこのが理解できる。
この流れは、現代の日中の医療にも受け継がれており、
①解熱作用を期待して~風邪薬への配合等
②精神安定作用を期待して~小児五疳薬、牛黄清心丸への配合等多くの製品が市販されている。

牛黄の薬能に関する古典の記述

《神農本草経》
驚癇寒熱、熱盛狂痙。邪を除き、鬼を逐う。

《名医別録》
小児の百病、諸癇熱で口の開かぬもの、大人の狂顛を療ず。又、胎を墮す。久しく服すれば身を軽くし、天年を増し、人をして忘れざらしめる。

《薬性本草》
魂を安じ、魄を定め、邪魅を避ける。卒中悪、小児の夜啼。

《備急千金要方》
肝・胆を益し、精神を定め、熱を除き、驚痢を止め、悪気を避け、百病を除く。

《日華子諸家本草》
中風の失音、口噤、驚悸、天行時疾(流行性の病気)、健忘、虚乏。

《食鑑本草》
心を清し、熱を化し、痰を利し、驚を涼ず。

《本草網目》
痘瘡が紫色になって発狂し、譫語(支離滅裂なことを言うこと)するものに用いるがよし。

薬材

Ⅰ.貴重な薬材
牛黄は、ウシにできた胆石なので全てのウシから採れるものではない。
大体1000頭に1頭位しか採取できる牛はいないと言われている。
飼育頭数の多い国が牛黄の産量の多い国と考えがちだが、オーストラリアやヨーロッパの国々からも輸出され日本市場に流れてきている。
各国の産量が一体どれ位なのか、具体的な数字を示す統計資料はないが、一般に牛黄が得られるウシは10歳以上のやせて皮膚につやの無いものであると言われていることから、若く肉の柔らかい内に屠殺してしまう様な肉牛からは得られず、インドやバングラディシュと言った信仰上の理由からウシを長生きさせる国や、乳牛、農耕牛、荷牛の比率の高い国が牛黄の多く得られる国と考えることができる。
何れにしても、一頭のウシから得られる量が極めて少ないために、
「1kg=200万円を超える、金よりも高い値段で取引される貴重な薬材となっている。」

Ⅱ.培養への試み
牛黄を最も多く消費している中国では、採取の確率を大幅に上げる工夫=培養化が試みられている。
培養牛黄は、下記のように生産される。
こうした試みは、中国各省で行われており、天然牛黄と非常に組成の近い培養牛黄が得られている例もある。

世界の牛の頭数(1990年統計)

順位 国名     頭数(万頭)   比率(%)
1  インド       19,730    (15.4)
2   ブラジル    14,000    (10.9)
3  旧ソ連      11,840     (9.3)
4  アメリカ       9,816     (7.7)
5  中国        7,697     (6.0)
6  アルゼンチン  5,058      (4.0)
7  エチオピア    3,000     (2.3)
8  メキシコ      2,820     (2.2)
9  コロンビア    2,455     (1.9)
10 バングラディシュ 2,336     (1.8)
   世界総計     127926    (100)

培養牛黄の生産工程

1.適齢の健康なウシを固定し、局所麻酔する。
   ↓
2.胆のうを切開し、核心(黄床)を植え込み、結石形成菌を注入する。
   ↓
3.胆のうを縫合し、腹腔を縫合する。
   ↓
4.正常飼育、使役(一般に1年半)
   ↓
5.開腹し採取した後乾燥する。

品質鑑定

牛黄は高価なものであるだけに、偽和物を混入させたり、色素を用いて全くの偽品を作ったりと巧妙なニセ物が輸出されてくる事があり、局方規格だけでそうした偽品の輸入を水際で抑えることが難しくなってきている。
この様な偽品を排除するために、日本薬局方では、1996年の大改正で偽和物として可能性の高い、
・合成色素
・でんぷん
・ショ糖
に対して純度試験が設定された。

松浦漢方(株)では、1990年から動物胆の胆汁酸組成を調査してきており、その中で牛黄の生産地と成分組成の違い、牛胆汁と牛黄の成分組成の違いについても調べている。

ゴオウの規格(第十三改正局法より)

性状

球形又は塊状で、径1~4cm、外面は黄褐色~赤褐色、質は軽くもろく砕きやすく、破砕面は黄褐色~赤褐色の輪層紋がありしばしば白色や粒上物又は薄層を混じえる。
弱いにおいがあり、味は初めわずかに苦く、後にやや甘い。

確認試験

(1)リーベルマン反応によるステロイドの呈色反応
(2)ビリルビンの沈殿反応

純度試験

(1)合成色素
(2)でんぷん
(3)ショ糖

灰分

10.0%以下

成分含量 

12.0%以上(クロロホルムエキス量)

成分

Ⅰ.産地と牛黄の成分組成の違い
コール酸、デオキシコール酸など胆汁酸が主な活性成分とされる。
これらの成分では、動物実験による鎮静作用、降圧作用、利胆作用などが報告されている。
高速液体コロマトグラフ装置を利用し、種々産地の牛黄の成分組成を比較すると傾向がよくわかる。

分析結果を見ると牛黄には大別して2つのタイプがあることが理解できる。
牛黄のタイプⅠとタイプⅡではビリルビン並びに総胆汁酸量に大きな差異があり、言い換えるならば、タイプⅠを薄めたものがタイプⅡである様に感じる。
しかし、理解し難いのは胆汁酸組成の違いである。
タイプⅠを単に希釈したものがタイプⅡとするなら、成分組成比は変わらない筈である。
そこで一つの推論を立てた。
即ち、牛黄を採取し乾燥するまでの時間的な違いから、ウシ体内のT(タウリン)、G(グリシン)を切断する酵素が働き、タイプⅡの様な成分パターンとなったのではないかということである。
そこで、タイプⅠの牛黄を酵素処理するとどの様な成分変化をおこすのか実験した。
結果は、仮定を支持するものであった。

これはあくまで推論を実験で立証したまでで、詳しくは生産地での加工法を調査しなければならない。
しかし、2つの牛黄が市場に存在する以上、各々の薬能の違いは何であるのか興味が持たれる。

Ⅱ.牛黄と牛胆汁の違い
牛黄は牛の胆のう中にできた結石なので、牛胆汁も牛黄と同じ薬能を持つかと思われるが、歴代本草書の記載を見ても、現代医療での使われ方を見ても全く趣を異にしている。
非常に不思議に思えるが、成分を比較すると、牛黄と牛胆汁とは全く別物ととらえた方がよいことがわかる。

タイプ別牛黄と牛胆汁末の成分上の特徴

タイプⅠ

ビリルビン含量  50%前後
総胆汁酸量    10~15% 
胆汁酸組成    ・GC,TC,Cがほぼ同じ割合で含有される。 ・GDC,TDC,DCがほぼ同じ割合で含有される。
保持時間42分付近の特異的ピーク    ある
生産地  南米、オーストラリア、欧州 

タイプⅡ

ビリルビン含量  15~30% 
総胆汁酸量    3~6% 
胆汁酸組成    ・GC、TC,Cの内Cの比率が著しく高い。 ・GDC,TDC,DCの内DCの割合が著しく高い。
保持時間42分付近の特異的ピーク    ある
生産地  インド

牛胆汁末

ビリルビン含量  殆ど含有しない
総胆汁酸量    約85%
胆汁酸組成    ・GC,TC,Cの内Cの比率が著しく低い。 ・GDC,TDC,DCの含量が総量に比べ著しく低い。
保持時間42分付近の特異的ピーク    ある

※簡略記号の説明
C:コール酸、DC:デオキシコール酸、CDC:ケノデオキシコール酸
これらの頭にT,Gが付いたものは、T:タウリン抱合型、G:グリシン抱合型である。

臨床応用

牛黄は神農本草経の上品に収載され、中国では繁用されている生薬であるが、日本での臨床報告はほとんど見あたらず、
ただ、牛黄清心丸等配合剤の使用症例が数例報告されているにすぎない。

牛黄清心丸

処方:牛黄、当帰、川きゅう、黄ごん、ジャ香、山薬、茯苓など
用途:精神不安、高血圧に伴う動悸、手足のしびれ、耳鳴り、めまい、頭重感など
また、牛黄配合処方の「仙客葆光」をお血が想定される狭心症・脳卒中後遺症患者に投与し、血液循環が改善されたとする報告もある。
牧角和宏 他;和漢医薬学会雑誌、6、428-429(1989)

牛黄とよく配合される生薬

黄連+牛黄
黄連には胃腸の湿熱を瀉す働きがあり、牛黄には痰飲を除いて驚癇(痙攣・意識障害など)を鎮める作用がある。
この2味が配合されることによって実熱を瀉す作用がさらに顕著となる。

牛黄清心丸の症例報告

抑鬱状態
抑肝扶脾散を併用処方

脳卒中後遺症 
釣藤散・黄連解毒湯を併用処方

心臓神経症 
柴胡加竜骨牡蛎を併用処方

1.雪村八一郎 他;現代東洋医学 臨時増刊号、 11(1)、154-156(1990)
2.多留淳文;現代東洋医学、6(2)、22(1995)
3.王永○;日本東洋医学雑誌、42(3)、382(1992)
4.宮崎雅之;日本東洋医学雑誌、40(4)、276(1990)

〈参考文献〉
嶋野武;わたしたちの漢方薬、10、31-45(1980)
松浦薬業(株)試験開発部;わたしたちの漢方薬、50,14-21(1990)
松浦薬業(株)試験開発部;わたしたちの漢方薬、57,19-22(1991)
松浦薬業(株)試験開発部;わたしたちの漢方薬、59,21-25(1992)
長沢元男;世界の生薬、2月号、1-11(1977)
斉藤晴夫;第4回国際中草薬シンポジウム講演要旨集、1-4(1990)
第十三改正日本薬局方、1173(1996)
中華人民共和国薬典、1990年版、56-57(1990)
張呂明 他;中国薬学雑誌、27(9)、515-520(1992)
木村康一校定;國澤本草網目、獣部、192-193(1977)
帝国書院編集部;ワールドアトラス、101(1992)

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