アルツハイマー病患者に徘徊が見られるわけ

アルツハイマー病患者に徘徊が見られるわけ

さて、アルツハイマー病にともなう脳細胞の脱落では、大脳基底核から記憶の中枢である「海馬」や、アセチルコリンを神経伝達物質とする脳細胞、つまり大脳皮質の側頭葉、前頭葉へ伸びている「コリン作動性の脳細胞」の脱落が目立っています。脳の神経伝達物質にはアセチルコリン、ノルアドレナリン、セロトニン、ドーパミンなどがありますが、そのなかで記憶に関係している、つまり記憶を伝達する物質がアセチルコリンです。老化にともなって、正常な人のアセチルコリンも減少していきますが、アルツハイマー病の場合はその速度が極めて急激である、というのが顕著な科学的変化なのです。

一方、運動野や感覚野の脳細胞は末期まで保たれています。このことが先にも述べたように、アルツハイマー病患者においては目や耳などの感覚、および歩行などの運動能力は比較的最後まで保たれているものの、思考や判断能力、目的意識に基づいた運動能力が欠落し、失見当、徘徊などの症状となって現われる原因と考えられています。

最近の研究によれば、さらに興味深いことが明らかになっています。私たち人間は、24時間周期で一定の時間に起き、一定の時間に寝ていますが、このような1日周期のリズムは「サーカディアンリズム」と呼ばれています。このリズムは、明るさや温度などの外界の変化に影響されるものではなく、生体が生まれながらに持っている「体内時計」によって刻まれています。この睡眠と覚醒のリズムを調節している体内時計は、脳の視床下部にある「視交叉上核」と呼ばれる部位にあることが解明されました(61ページ図5)。

じつは、視交叉上核は両眼の背後に伸びている視神経が交叉する場所の上にあるのですが、これは、前述したアセチルコリンを神経伝達物質とする脳細胞の塊で、コリン作動性の脳細胞なのです。そしてアルツハイマー病では、この視交叉上核の脳細胞も、健康な成人に比べ75パーセントも脱落、死滅しているとされています。この視交叉上核の脳細胞が死滅していく一方で、運動野の脳細胞は正常に保たれていることから、睡眠と覚醒のリズムが乱れ、夜間の徘徊のような病状が現われてくるわけです。

アルツハイマー病に侵された脳は、このような脳細胞の脱落が進んだ結果として、大きく萎縮し、脳の重さは重症の場合、健康な成人の脳の約60パーセントにまで減ってしまいます。さらに、大脳皮質の血流量は、健康な成人の脳の約50パーセント以下にまで減少してしまうのです。

では、いったい何が原因で、アルツハイマー病にはこのような広範囲の脳細胞の脱落が起こるのでしょうか。そこで、これまで注目されてきたのが、前述したように、アルツハイマー病の患者さんの脳に特徴的にみられる「老人斑」と「神経原線維変化」でした。

老人斑というのは、脳細胞の外に沈着するシミのようなものと思っていただければよいと思います。このシミは「β-アミロイド」と呼ばれるもので、それまで知られていなかったタンパク質が結合してできたものであることが、1984年に解明されています。

老人斑は脳細胞の外側に見られる異常ですが、神経原線維変化は脳細胞内に見られる異常で、言葉は難しいのですが、細胞体の核のまわりに溜まるもつれた糸のようなものと思っていただければよいと思います。このもつれた糸(神経原線維変化)は、細胞内に多量に存在する細胞骨格物質の変化したものと考えられています。

いずれにしても、これらの所見は、脳細胞自体が損傷を受けて回復困難な様相を呈すもので、つまり、アルツハイマー病が回復困難な病気であることを示しているといえます。

ところで、研究者たちが当惑しているのは、おそらくアルツハイマー病の発症に深くかかわっているこの老人斑や神経原線維変化が、じつは老化とともに誰の脳にでも見られる変化であるということです。

一般に、老人斑は65歳以上のお年寄りの50パーセントに見られ、80歳以上のお年寄りでは100パーセントに、つまりすべての人の脳に現われる変化であるといわれています。また、老人斑が沈着する場所は、記憶の中枢である海馬に多く、大脳皮質にも広がっています。

アルツハイマー病患者の老人斑が一般の老人斑と異なる点は、大脳皮質のすべての領域に広がって認められるということと、その数がおびただしく多いという2点だけです。また、神経原線維変化も、60代の方の60~70パーセントに見られ、70歳以上のお年寄りでは100パーセントと、やはりすべての人の脳に認められます。しかし、神経原線維変化に関しては、正常に老化した脳では海馬を中心に現われる変化であるのに対して、アルツハイマー病患者の脳では、海馬だけでなく、大脳皮質にも広がって現われる変化だという点が大きく異なっています。

何度も述べているように、アルツハイマー病に関しては、いまだ原因が解明されていません。このことは、アルツハイマー病を診断するための国際基準(アメリカ精神医学会制定)にDSM-Ⅲ-Rというものがありますが、その内容を見てもわかるように、この基準は除外基準にすぎません。つまり、すでに痴呆があり、かつ痴呆の原因となるほかの疾患がないということで「アルツハイマー病」との診断が下されているのが現状なのです。

ただ、私のいままでの説明から、アルツハイマー病の脳と老化した脳との大きな違いは、アルツハイマー病のほうが「急速におびただしい数の脳細胞が脱落して死滅する」という点にあるということはおわかりいただけたと思います。第4章で、何が原因でアルツハイマー病には広範囲の脳細胞死が起こるのかについて、さらに考えていきたいと思います。

以上、岡山大学 医学博士 大山博行著 「脳を守る漢方薬」より引用
詳しくは、光文社カッパブックス「脳を守る漢方薬」を御一読ください。

目次

プロローグ - ボケずに100歳まで生きるために

第1章 ボケがここまでわかってきた

第2章 脳細胞は自殺する

第3章 老化の原因は「活性酸素」だった

第4章 漢方薬の驚異のボケ防止作用

第5章 病気を未然に防ぐ「養生(ようせい)の法」

第6章 幸せになるための3つの処方箋

エピローグ - ボケを予防する6ヶ条

あとがき-謝辞に代えて

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エビデンスの解説、紹介
医学博士 大山博行

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